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有楽製菓株式会社 豊橋夢工場
(愛知県豊橋市)
伊藤さん 有楽製菓は1955年(昭和30年)創業。「ブラックサンダー」などのチョコレート菓子などの製造・販売を行っている。豊橋夢工場は2011年(平成23年)に竣工した基幹工場である。
有楽製菓の従業員数は約400名(2022年7月現在)。このうち豊橋夢工場の従業員数は約300名(2022年7月現在)。豊橋夢工場の従業員の女性比率は約65%、平均年齢は約34歳である。
今回は、豊橋夢工場総務課の伊藤香さんからお話を伺った。
メンタルヘルス不調からの職場復帰後の再休業に課題意識をもち、職場復帰支援の取組みを見直した
まず、職場復帰支援の改善に至った経緯についてお話を伺った。
「当社はワークライフバランスの実現に向けた取組みを進めており、ここ数年は毎年労働条件の見直しを図り、年間休日数を増やしたり、所定労働時間を短縮したりしてきました。当社の有給取得率は約80%で、厚生労働省が発表している“令和3年就労条件総合調査”によると製造業の平均は61.6%、300~999人規模企業の平均は56.3%ですので、平均よりも高い水準となっています。このため、労働条件としては、社員の労働負荷はそれほど高くない職場環境であると言えるのではないかと思います。」
「ですが、この4年間で8名がメンタルヘルス不調によって休業に至りました。その要因としては、仕事内容や職場での人間関係、プライベートの問題、個人の性格など、複合的な要因が考えられます。多くは療養期間終了後に職場復帰しますが、そのうち約6割が再度休業してしまう状況だったため、職場復帰者が仕事を継続できる職場環境を整える必要があると思い、職場復帰支援の取組みの見直すことにしました。」
「見直しを行うにあたって、厚生労働省の“心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き”を読んだり、外部セミナーに参加したりして知識を習得しました。その結果、5つの点について改善を行いました。」
主治医の意見をこれまで以上に取得し活用する、復帰する職場について現場と相談して決定する、復帰後のフォローを充実するなど、様々な改善を行い、スムーズな職場復帰につなげている
次に、職場復帰支援の取組みにおける5つの改善点についてお話を伺った。
「まず、“面談の実施方法について見直し”を行いました。以前は、体調の確認や書類を渡すなどの目的で原則1ヶ月に1回面談をしていました。しかしながら、休み始めの頃は他人と会うことや外出すること自体に大きなストレスを感じることがあるということを知り、1ヶ月に1回の面談は廃止して必要な情報はメールで連絡するように変更しました。そして、休業者の状態が落ち着き、面談したいと思えるようになったタイミングで会うようにしました。これにより、休業者へ余計なストレスをかけることなく、まずは療養することに専念してもらえるようになったと思います。」
「2つ目は、“職場復帰にあたり主治医の意見をこれまで以上に取り入れる”ようにしました。以前も主治医からの診断書は提出してもらっていましたが、診断書には“職場復帰可とする”という文言だけ書かれていて、就業上の配慮事項などは記載されていないことがほとんどでしたので、十分なフォローができていませんでした。このため、診断書に加えて当社フォーマットの意見書にも記載をお願いするようにしました。意見書の項目は主に3つあります。まず、“①職場復帰の可否と試し出勤の必要性”です。職場復帰の可否の判断に加えて、試し出勤の必要性についても判断してもらうようにしました。次に、“②試し出勤が必要な場合に就業時間を短縮する必要があるか、作業転換や配置転換をする必要があるか”などです。何か配慮すべきことがあれば記載してもらうようにしました。そして、“③試し出勤が不要な時や、試し出勤を終えて正式復帰する時に配慮することがあれば記載してもらう”ようにしました。例えば、時間外労働、交代勤務、休日勤務、出張などの項目について記載をしてもらうようにしました。」
「主治医に意見書を書いてもらうことによって、専門家である主治医の見解を認識できるようになりました。また、専門家の意見ということで、社内への共有や、受け入れ部署へのサポート依頼もしやすくなりました。見直しを行った最初の頃は、すぐに働いてほしいという現場の意見もあったのですが、試し出勤が必要だと主治医が言っていると説明することで理解が得やすくなりました。」
「3つ目は、“通勤トレーニングの導入”です。当事業所の従業員はほとんどが自動車通勤です。以前は、通勤トレーニングは電車通勤の方が満員電車などで通勤できるかどうかをトレーニングすることだと思っていたため、特に行っていませんでした。しかしながら、休業者と話をする中で、休業してから会社の前の道を通ることができない、会社の近くに行くことができなくなった、などの意見を聞くことがありました。休業者にとっては会社に行くこと自体ハードルが高いのだとわかったため、通勤トレーニングを導入することにしました。ステップとしては、自分の体調の良い時に会社の前の道を通る、会社の前まで普通に来れるようになったら会社の敷地内駐車場に入る、駐車場まで来たら連絡をしてもらうといった感じです。最初は会社の門を通るのがとても怖かったという人もいましたが、何度か繰り返すうちに怖さがなくなったようです。通勤トレーニングの時に会社の建物を見たことで職場復帰をより現実的に捉えて、復帰に対して前向きに考えることができるようになったという声も聞きましたので、導入してよかったなと思います。」
「4つ目は、“試し出勤の導入”です。以前は試し出勤の必要性を認識しておらず、主治医から職場復帰可の診断書が出たらすぐに仕事をしてもらっていました。そのため、会社に来るだけでも抵抗感のある人に、半日とはいえいきなり職場に戻って仕事をしてもらうというのは大きな負担をかけていたのではないかと思います。それでは病気を再発してしまう可能性が高いのも当然だと思い、試し出勤を導入しました。」 (※試し出勤の詳細については後述)
「5つ目は、“復帰する職場の決定と復帰後のフォロー”です。いよいよ職場復帰するとなった時に1番大きな問題となるのが、どこの職場に戻るかということです。以前は、特に検討することもなく、休業前に働いていた職場にそのまま戻ってもらっていました。厚生労働省の“心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き”にも、元の慣れた職場に復帰させることが原則とされており、基本的にはそれで問題はないのですが、元の職場に病気の誘因がある場合はその限りではないことも記載されており、作業内容や人間関係によって病気が誘発された人の復帰先はしっかり考える必要があります。ただ、私は現場のことを熟知していないので、現場の状況や人間関係をよく知っている工場長や生産課の部署長に相談し、復帰先について一緒に考え検討した上で決定するようにしています。」
「職場復帰後のフォローも以前より丁寧に行っています。まず、復帰する職場でフォローをお願いする人を課長などと相談して事前に決め、その人に状況を説明してさりげなくフォローするようお願いするなど、受け入れ体制を整えてもらっています。フォローしてもらう人には私から定期的に声をかけて、接し方など悩んでいることがないか常に気にかけて、必要に応じてアドバイスするなどサポートするようにしています。また、試し出勤の期間中と職場復帰後2~3週間は、帰る前に事務所に寄ってもらい、私がプチ面談しています。プチ面談の時間は5~10分程度で、今日の気分を聞いたりしています。まじめな人ほど、もっと早く仕事を覚えたいとか、他の人に比べてまだ自分は全然できないからもっと頑張らないと、など焦りや不安が見られるので、今は焦らず、1つずつやっていくことが大事だよ、と悟すなど、とにかく不安な気持ちを聞いてあげるようにしています。面談の内容は、本人の了承を得た範囲で現場の上長やサポートしてくれている従業員に共有し、関係者全員でフォローできる体制作りにつとめています。」
本人のペースに合わせて試し出勤を段階的に行い、産業医の意見ももらいながら、着実に職場復帰を進めている
最後に、試し出勤の具体的な進め方と職場復帰支援への想いについてお話を伺った。
「試し出勤は段階的に行っています。はじめは、会社に出社して、会議室や個別ブースなど他の従業員との接触がない場所で読書してもらうなどして過ごしてもらっています。人が多い場所だと、それだけで動悸がしたり気分が悪くなったりする人もいるため、まずは人がいない場所で過ごしてもらうようにしています。まず会社に1、2時間滞在することを目標にしています。」
「毎日会社に出社できるようになったら、他の従業員が出勤する時間に合わせて出社するなどして少しずつ環境を変えながら滞在時間を伸ばしていき、半日滞在できることを目指してもらいます。」
「半日滞在できるようになったら隔離スペースから出て、他の従業員もいる場所で滞在してもらいます。環境が変わるので、最初は緊張や不安を感じる人もいますが、そのような時は私が隣にいるなどして、できるだけ不安を和らげるようにしています。半日滞在することができるようになったら試し出勤は終了となり、職場での半日勤務をスタートすることになります。」
「試し出勤は本人の状況に合わせて行っていますので、実施期間は一定ではありませんが、大体1~2か月を想定して進めています。試し出勤を段階的に行うことで、毎日会社に出勤できているということが本人にとっての自信にも繋がり、スムーズに会社に慣れてもらうことができていると思います。」
「ただ、このように試し出勤を慎重に進めても、体の疲労感により毎日の出勤ができなくなる人や、気分が落ち込んでしまう人などもおり、その対応に悩むことがありました。当社のような中小規模の事業所には保健師などの専門家はいません。そのため、当社の職場環境や作業内容を把握している産業医と本人との面談の機会を設けて、本人の様子を確認してもらい、試し出勤の進め方に問題がないかなど、意見をもらうようにしました。産業医に本人の状況を認識した上で面談してもらうために、本人には“職場復帰面談問診票”を事前に記入してもらっています。」
「“職場復帰面談問診票”の項目は大きく3つあります。1つ目は“生活状況について”です。睡眠はしっかり取れているか、気力体力はあるか、食事は取れているかという設問です。2つ目は“身体症状について”の設問です。頭痛やめまい、食欲低下など何か症状はないか、該当するところにチェックしてもらいます。3つ目は“心の状態について”の設問です。疲れた感じがあるか、気分が沈むことがあるか、不安を感じるか、などの質問に回答してもらいます。この問診票の項目で、職場復帰者の生活リズムや心身の状態が分かるので、これを基に産業医に意見をもらい、職場復帰可否について判断してもらい、職場復帰可となったら半日勤務からスタートすることにしています。」
「このように職場復帰支援の改善を進めたことにより、専門家の意見を取り入れ、職場復帰者1人1人のペースに合わせた手厚い職場復帰支援の流れを作ることができました。また、職場の協力を得ることで包括的なサポート体制も整えることができました。その結果、再休業者の割合を6割から3割に減らすことができたのですが、それは一時的なもので、職場復帰者が順調に復帰できそうだなと思いはじめた数ヶ月後からまた休み始め、そのまま会社に来られなくなり退職する人も発生しました。あらためて復帰支援の難しさを実感しています。」
「再休業者が減少するという数字的な成果までは出せていませんが、中小規模事業所の限られた人的資源を最大限に有効活用して、専門家である主治医や産業医と連携した受け入れ体制を構築できたことや、現場とも受け入れ体制を共有したことで現場のメンタルヘルス不調に対する理解が進み、前向きに受け入れようとする環境ができてきたことは、取組みの成果ではないかと考えています。実際に、受け入れ対応した従業員から『メンタルヘルスの勉強をしたい』という声も上がるなど、前向きな意見も出てきているので、これをさらに広げていきたいと思います。」
「今後の課題としては、メンタルヘルス不調にならないために、自分で自分のストレスに気づき、解消できるようなセルフケアの取組みをさらに進めることや、部下や同僚の異変になるべく早く気付き対応してあげられるよう管理監督者への研修を充実していくことです。今後もさらなる職場環境の改善に努めていきたいと思います。」
【ポイント】
- ①主治医の意見をこれまで以上に取得し活用する、復帰する職場について現場と相談して決定する、復帰後のフォローを充実するなど、様々な改善を行い、スムーズな職場復帰につなげている。
- ②本人のペースに合わせて試し出勤を段階的に行い、産業医の意見ももらいながら、着実に職場復帰を進めている。
【取材協力】有楽製菓株式会社
(2023年2月掲載)
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